劇場実験 墓地の上演 特設ページ 

渡辺健一郎氏(批評家・俳優)批評コーナー

 NPO法人会員の岡田蕗子が研究代表となり、京都芸術大学の共同利用・共同研究拠点2023年度テーマ研究Ⅰ「舞台芸術を用いた〈他者〉との対話の場の構築と継続―旧真田山陸軍墓地を巡る二つの創作を通して」を行いました。研究会とアーティストの創作・試演を軸に、舞台芸術が戦争に関する「複層的な記録/記憶の集積の場」を、いかに他者との対話の場へと拓き得るのかという問いを探求するもので、研究期間は、2023年4月~2024年3月末です。(研究詳細はhttps://k-pac.org/openlab/10082/)その劇場実験として、筒井潤さん演出の『墓地の上演』の上演が2024年3月9日、10日に開催されました。この上演は「研究」の一環ですが、研究には検証が必要であり、それには批評性を持った第三者の眼差しが不可欠です。その眼差しを、俳優で批評家の渡辺健一郎さんに依頼しました(渡辺さんのプロフィールは本文後にあります)。以下の文章は、その渡辺さんによる文章です。渡辺さんには創作プロセスには関わらず、観客として9日・10日に参加し、批評を書いていただきました。どのような上演であり、観客として何を感じたのか、課題は何か、などが渡辺さんの言葉で語られています。多くの方にお読みいただけますと幸いです。(NPO会員:岡田蕗子)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

墓地の脱/物語化
                   渡辺健一郎(批評家・俳優)

 2024年3月9日、今冬は比較的暖かかったと思いますが、京都市では若干雪がちらついていました。会場の京都芸術劇場studio21まで、私は京都河原町駅から市営バスに乗って向かいましたが、コロナ禍がもはや思い出せないくらい混雑していました。朝はやかったこともあって、移動ですでに若干の疲弊。京都芸術大学では何やら大規模な展示会のようなものが行われており、大学構内では各所であわただしく準備が進められていました。
 以下は、二日間にわたって催された、京都芸術大学共同利用・共同研究拠点形成事業「舞台芸術を用いた<他者>との対話の場の構築と継続――旧真田山陸軍墓地を巡る二つの創作を通して」をめぐる記録です。今回の企画(関連講座+「対話パート」を含む演劇の上演)は「実験」であることが強調されていましたが、その題目に違わぬ内容でした。ここから様々な思考が可能になる、そのような催しだったように思われます。
 なお、基本的には初日の観劇体験をもとに書いていますが、二日目にも少し引いた場所から全体を見させてもらったので、必要に応じてそのことについても記述いたします。

1.歴史について

 上演の前に行われた、小田康徳さん(NPO法人旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会理事長)による墓地をめぐる講座に、既に強く関心をひかれてしまいました。私自身、5年ほど前に関東圏から大阪に移住してきたのですが、「旧真田山陸軍墓地」(以下、「墓地」)というのは名前を聞いたことがあるくらいで、行ってみよう、調べてみようと思ったこともありませんでした。なぜ本企画で取り上げられたのか、その理由もいまいち把握できていませんでした。
 しかしなるほど、聞けば聞くほど極めて重要であることが分かります。陸軍墓地などと聞けば、まず戦没者が祀られていると多くの人が想像するのではないかと思うのですが、実際には決してそれだけではない。病死や事故死、あるいは自殺など精神的な問題が原因の死も多かったようです(日清戦争で亡くなった軍人の、ほとんどの死因が病死であったということも、これを機に調べて、はじめて知りました)。看病人や通信員、さらには相手国の捕虜たちなども埋葬されています。このように「墓地」では、一人一人の役職や死因の記された墓を確認することができます。
 さらに重要なのは、次第に戦争が激化し、戦没者の数が膨大になってくると、一人一人のための墓を建てることが、物理的にも金銭的にも難しくなっていったということが記録されている点です。日露戦争の頃にはすでに、階級ごとにまとめられた合葬墓が建てられるようになったそうで、それにともなって個々人のパーソナリティやその死の細部は抹消されていきました。一人一人を悼むよりも、部隊全体を顕彰するという目的が前景化していくことになります。墓石をつぶさに見れば、そのことが分かる。
 現代の私たちは「国のために戦った英霊たち」などといった仕方で、戦争や戦没者を単純な物語に還元してしまうことがあります。しかし「墓地」には、そのような単純化を許さない無数の記憶や、次第に単純化がなされていったというまさにその記録が残っているのです。なお、陸軍墓地は全国各地に存在しますが、次第に縮小、消滅していっているそうです。
 講座は淡々と進められましたが、とはいえ小田さんの「陸軍墓地を残さねばならない、そのためにみんなに興味を持ってもらわねばならない」という強い想いも同時に感じられました。小田さんの話を聞きながら、2019年にリニューアルされた、広島平和記念資料館のことを思い出していました。そこでは資料の展示の仕方が、全面的に刷新されました。暗めの照明、悲壮感を漂わせるBGMなどは、私には演出過剰と思われました。しかし残った資料をあるがままに検討する、というのは、相当のモチベーションがないと難しいことです。戦争体験を語ることのできる人が次第に少なくなっていくなかで、それをいかに後世に伝えていくかということは喫緊の課題であり、来訪者をひきつけ、記憶にいかにとどめるかも考えなければなりません。結果、この資料館では情感に強く訴えるという手法をとったのだと思います。
 歴史を記憶し、伝達していくことの難しさを改めて切実に感じました。フランス語でhistoireという語は、「歴史」と「物語」とを同時に意味するのですが(英語でもhistoryとstoryは語源を共にしています)、歴史は広義の「物語」から完全に切り離されることはありません。歴史の全てを伝達することは不可能なので、非情なことに何らかの仕方で取捨選択をしながら語り継いでいく必要があります。
 上述したように、歴史を単純な物語(「お国のために…」など)に還元することは避けねばなりません。しかし同時に、何らかの線に沿って物語化していかなければ、人々の記憶に残らない。したがって、歴史を特定の支配的な物語から逸脱させ、かつ別様な物語をつくることが必要になるのでしょう。今回の『墓地の上演』の企画では、このような極めて厄介なプログラムに取り組んでいるのだと感じられ、公演に臨む態度が一気に引き締まったような気がいたしました。
 関連講座を聴かなかった人たち(公演参加者30人中20人程度)は、どの様に上演に臨むのだろうか。事前情報に触れてしまった私は、純粋に作品に接することができるのか。「純粋」な観劇体験なるものが果たしてあるのだろうか……このようなことを、上演が始まる前から考えていました。

2.記憶について、上演について

 墓地を脱/物語化するという意味で、本公演は極めて誠実に創作されていると感じられました。大きな構造としては、まず墓地に関連する10分程度の小作品が6つ用意されています。戦後に米兵と恋仲になる日本人女性とそれを目撃し嘆く少年。兵隊にとられて半年で、脚気で亡くなる23歳の若者。「墓地」近くの女学校から墓参りをさせられる大正末期~昭和初期の女学生たちの変遷。捕虜が連行されるところを一目見ようと梅田に集まった大量の見物人。戦後から現代にいたるまで花見や集会場としても用いられている「墓地」のあり方。日露戦争のさなか、辺りが暗く誰か確認できないままに味方を撃ち殺してしまう日本軍兵士……といったように、時代もテイストも大きく異なる作品たちです。
 特定の席に座っていた観客が俳優によって指名され、五人がまずくじを引きます。ここで6つの作品のうち、5つがランダムに選ばれ、上演順もくじの引かれた順番通りに決定されます。一回目の上演が一通り終わった後、再び別の観客が五人、改めてくじを引き、先ほど選ばれなかったものを含む5つの作品が、休憩をはさんだ後に改めて上演されます。
 なお、二回目に上演されたいくつかの作品では、大筋はほとんど変わらないものの、演出に大なり小なり変更が加えられていました。人物の配置や照明効果が変わったり、BGMやコミカルなダンスが追加されたり。いくつかの仕掛けが観客にもたらした効果について、記述してみます。
 まず作品を二回観るということでは、何が起きるのか。例えば「女学生」の作品では、三人の俳優が時代ごとに異なる女学生たちをかわるがわる演じます。俳優たちの背後にプロジェクターで「一九二五年」、「一九四一年」などと年が表示されるため、観客はそれを認識することができるようになっています。しかし年=シーンの変わり目はシームレスでしたし、話している内容は似通っている。演じ方もあえて変えていないようなので、会話のリズムや印象的な台詞の面白さに気を取られ、私は最初、時代がうつり、別の人物が演じられているのだということをすぐに捉えることができませんでした。
 しかし、二回目の上演の際には、いったい目の前で何が行われているのかつぶさに把握する余裕がありました。時代毎の、墓参りをめぐる空気と、それにともなう女学生たちのテンションの変化にも思いをはせることができました。大正期には女学生たちは雑談しながら、先生の目を気にしながらも「学校の退屈なイベントの一つ」としてこなしているのだけど、次第に規範が強まっていきます。日中戦争以降の時期には本気で弔うことが要請され、厳粛さを保たねばならない、という空気につつまれていきました。二回観ることができて良かった。
 ちなみに、一緒に参加していた友人に後日話を聞いたところ、一回目は非常に興味深く観たけど、二回目は飽きて注意力が欠けてしまったと言っていました。「反復」に接するときどういう反応を示すのか、これも人によって異なるようです。
 いずれにせよ「単に二回観る」こと以上に重要だと感じられたのは、「6つのうち2つの作品については一回しか観ることができない」という点です。演出は変わったのか、変わったとすればどの様にしてか、二回観ていたら自分にどういう変化があったのか、これがどうしても気になってしまいます。
 この構造によって「歴史に接するときに肝要なのは、語られなかった物語に思いをはせることなのだ」ということに気づかされました。上演された6作品は、いずれも多かれ少なかれ史実に基づいて創作されたのだと思いますが、しかしそれもたかが6つです。墓地に眠る物語は、言うまでもなく無数に存在しています。創作者たちに何らかの仕方で選ばれた物語は墓地のごく一部でしかないのだという、当たり前の事実を改めてつきつけられて、多少とも動揺させられました。
 つまり今回の上演では「目の前に現れたもの」を通じて、「そこに現れなかったものが現れないものとして現れて」いたのです。カッコつけて哲学の用語で言うなら「不在の現前」がそこにはあったのです。このような創作は、歴史を上演するときの極めて重要な態度だと思われました。
 上演、観劇、記憶といった問題をめぐって、他にも様々に思いをはせていました。例えば――
・「対話」パート(後述)に際して、演じられた小作品のタイトルとその順番が記されたホワイトボードを、観客たちの多くが注視しながらメモをとっていた。記憶を喚起するために「タイトル」という契機が重要な役割を果たしている。
・それぞれの小作品では、基本となる話の後に、別のさらに短いエピソードが付加されていた。例えば女学生たちの墓参りの話の後には、第二次大戦終戦の報が流れた直後、まさにその日に、日本軍がアメリカ軍の捕虜を無意味に処刑し墓に埋めたという後味の悪いエピソードが淡々と挿入された。単に一つの物語に没入してしまうことのないような構成になっていたと言えるだろうか?
・演出が「変わった」、「追加された」ことは見て取りやすいけど、もし「削られた」台詞があったのだとしたら、私はそれに気づくことができるだろうか? われわれは「語られなくなったもの」にどう思いをはせるべきか?
云々。
 観客は、こうした様々な印象をたずさえて、対話パートに臨むことになります。

3.「対話」について

 本企画では二回の上演の後、それぞれ「対話」の時間が設けられていました。しかしそれは、一般的な意味での対話とは異なっていたように思います。観客には一回目の上演の後、その観劇体験をざっとメモし、特に共有したいと感じられた事柄を付箋にまとめる、という作業が求められました。二回目の上演の後に、3チームに分かれて、先ほどのメモなどをもとに、車座になって「対話」が開始されました。
 私の参加していたチームではだいぶ自由闊達に意見が交換されました。印象的だったのは例えば、くじを引いた人たちが「作品を選ばねばならないという強い責任感を覚えた」とか、「自分の引いた作品は愛着を持って注意深く観た」などと言っていたことです。私は「なぜわざわざ時間をかけて観客にくじを引かせるのだろう」と思っていたので、これは自分にとっては大きな発見となりました。
 ただ、企画側としては、実際に意見交換としての対話を行うよりも、互いの想いを共有するにとどめる、という趣旨があったようです。2日目、企画者のもとに集ったチームの様子を外から見ていて、それを強く感じました。そこでは、ひとまずフィードバックをすることもなく、一人一人順番に、短めにただコメントを残していくということが行われていました。
 そこで、今の発言の意図はどういうことだったのだろう、もう少し聞いてみたい、人の考えを聞いて改めて考えたことを喋りたい、といった気持ちが生じた参加者もいたのではないかと思います。しかしその場では一人一人淡々とコメントしていくことが基本ルールとされました。さて、対話を銘打ちながら、あえてあまり対話させないということには、どういう意味があったのでしょうか。
 私たちは「墓地」も含めたあらゆる歴史=物語について、どんなに長い時間をかけてもその場で語り尽くすことはできません。歴史はどうしたってそれに立ち会う各人の偏向や誤解、誤読を全面的には回避しえないので、残された資料にも絶えず立ち返りながら、ただ語り継いでいくことしかできない。上演における対話の場がそれ自体で満足されてしまえば、そこで終わってしまうおそれもあります。「もっと喋りたい、聞いてみたい」という気持ちを喚起することこそ、未来への思考を担保する条件になるのかもしれません。そのため今回観客は、一般的な意味での対話ではなく、言ってみれば「自己との対話」へと差し向けられていたのです。
 ただこの「対話」の場で、いくつかの課題も見えたように思います。私たちの多くは芸術/表現に触れるとき、どうしても作者の意図のようなものに注意を向けてしまう傾向があります。私が対話パートで話したときにも、どうしてもそのこと(上演の形式についてなど)ばかりが問題にされているように感じました。
 参加者の一人の大学生が、「自分は最初この作品にどう接すれば良いのか分からなかったけど、墓地について考えてほしいんだな、という企画者の意図が次第に分かってきたので良かった」といった趣旨の発言をしていました。(その人が実際にどう考えていたかはさておき)もし観客が意図を読み取ることで満足してしまっていたのだとしたら、その「意図」は失敗していると言えるのかもしれません。
 上演を二回行うとか、くじを引いて上演内容と順番を決定するといったことがどういう意味を持つのか、それについてどう感じたか……などなどと考えることは、私たちが歴史にどう接していくべきかを反省する契機になりえます。記録メディアが急激な発達を遂げる一方、決して十分に歴史が伝達されているとは言えない現状を見れば、その契機は極めて重要です。
 ただしやはり同時に、上演それ自体にも注意が払われねばならないでしょう。本上演は、「墓地」を知るためのたんなるきっかけに過ぎないのか? ここでの上演それ自体の意味とは一体何だったのか? 「墓地」をめぐる歴史=物語に真に関心を持つためにはどうすれば良いのか?
 私も今この文章を書いていて、どうしても形式の方に力点を置いてしまっているという自覚があります。おそらく、形式の方が文章にしやすいからです。しかしそのことは、歴史への関心を読者に喚起するでしょうか?

4.おわりに

 さて、言うまでもなく私がここまで記してきたものも、特定の個人によって経験された事柄の、その中でもさらに限定的な記憶でしかありません。ことほどさように、一つの公演の記録/記憶でさえ十分に、とはいかないわけですから、いわんや墓地をや。「私たちはいかにして歴史や記憶を受け継いでいくのか、考えていかなければなりません」などと書いて文章を終えようと、いったんは思ったのですが、どうにも心地が悪くてやめました。きれいにまとめて終わることに、何の意味があるのでしょうか。しかしそれ以外に何が可能なのか……。
 私も一人の俳優として、もしかしたら今回なされていた演技が一つのヒントになるかもしれないと思ったので、最後にそれを記しておきます。
 今回の上演では、俳優たちはいわゆる「役づくり」を意識的に避けて、淡々と言葉を発しているような印象を受けました(こう言って良ければ、墓石とそこに彫られた文字のように、整然としていました)。そうであるがゆえに、一挙手一投足が強い印象をもって現前してくるというよりは、全体として「墓地」の粛々とした空気が体現されていたように思います。
 そう書いてしまえば簡単ですが、これは並大抵のことではないと感じられました。今回の俳優たちは、25歳(「墓地」に初めて埋葬された若者が亡くなった年齢)以下で募集された方たちだったそうですが、見事に上演をやり果せていたように感じられました。
 この上演の最中や直後に、強く墓地に思いをはせるというだけではなく、10年後にたまたま近くを通った際に「そういえば真田山陸軍墓地は重要だった気がする」といった仕方で思い出す、そういった記憶を喚起するような演技の質を持っていたように感じられました(そのためにはもちろん、墓地自体を残さねばならないわけですが…)。
 別件でちょうどたまたま読んでいた、人類学者・川田順造の『口頭伝承論』が、まさに今回の上演に関係することを書いていると思われたので引用しておきます。全面的に賛同しているわけではないのですが、偶然に並置された様々な言葉を、すこしずつ結びつけ、語り継ぐ実践をしていかねばならないと思われたため、簡単に紹介することにします。

時をへだててメッセージを伝達する方法のうちには、二つの根本原理を識別できるだろう。一つは、持続性の大きい物質にしるしづけられた原初のメッセージが、変化せずに後の世に伝わることを願うものであり、他は、それ自体としては滅びやすい媒体に託されたメッセージを、媒体を更新し、原初のメッセージを再生することによって、時の中に持続させようとするものである。(川田順造『口頭伝承論』河出書房新社、1992、p.412)

 ここでは歴史について、紙や石などの物質に残す文化と、口頭伝承で語り継いでいく文化とが対比されています。「墓地」はまさに持続的な物質ですが、「上演」は口頭伝承の側に位置付けられるでしょう。川田は、口承文化における重要な点をいくつか指摘しています。まずその伝承行為が、「声の喚起力」にもとづいて多くの人の前で頻繁に反復されているということ。そして口承文化を成立させるためには「話すよろこび」が肝要であるということです。
 声はそれ自体で韻律を持ち、人々を楽しませ、ひきつける力がある。「想像されたもの、忘れられていたもの、意識の底にかくれていたもの、あるいは全く非現実のもの、精神世界のみにかかわるもの、いずれにせよ目に見えないもの一切を、声は人の心の中にいきいきと呼び起こす」(同、p.413)のだということです。川田は西アフリカ・モシ族が行っている儀礼的パフォーマンスにおける、言葉の反復や韻律を緻密に分析し、この声の喚起力について論証しています。
 ただ、ここで強調したいのは「話すよろこび」の方です。言葉を巧みにあやつり、観客を楽しませ、それによって共同性を形成する、まさにそのこと自体のよろこびが、口承文化を支えていると川田は言うのです。
 歴史の伝達が単なる義務のようなものに限定されていくと、その営みは次第に廃れていってしまう。伝達それ自体が娯楽となり、川田の言葉で言えば「演戯性」を帯びることではじめて、口承文化は持続していくのかもしれません。
 今回は「実験」と銘打たれた企画だったので、やや生真面目さが前景化していた感もあります。しかし俳優たちの演技は軽妙で、真似したくなるシーンがいくつもありました。もしかしたら小作品のレパートリーを増やしたりして、場合によってはある種の即興性を許容しながら(「即興」は、川田が演戯性の一つの核とみなしている要素です)、演じ継いでいく可能性もあるのかもしれないと、書きながら妄想したことを記して、ひとまず終えることにいたします。

〇著者プロフィール〇
渡辺健一郎
俳優、批評家。1987年生。ロームシアター京都リサーチプログラム「子どもと舞台芸術」2019-2020年度リサーチャー。演劇教育活動の実践と、哲学的思索とを往還した文章「演劇教育の時代」で第65回群像新人評論賞受賞。著書に『自由が上演される』(講談社、2022)。


劇場実験 墓地の上演 概要
作・演出 筒井潤
出演 片山寬都 熊澤洋介 七面鳥子 保井岳太
研究統括 岡田蕗子(研究代表者、演劇研究者、京都芸術大学舞台芸術学科専任講師)
会場 京都芸術劇場 studio21(京都芸術大学内)
   〒606-8271 京都市左京区北白川瓜生山2-116
日時 2024年3月9日(土) 13:30開演(受付/開場13:15)
   2024年3月10日(日)13:30開演(受付/開場13:15)
問合せ先 京都芸術大学 共同利用・共同研究拠点事務局
     TEL:075-791-9144 kyoten@kua.kyoto-art.ac.jp
主催 学校法人瓜生山学園 京都芸術大学
〈舞台芸術作品の創造・受容のための領域横断的・実践的研究拠点〉
2023年度テーマ研究Ⅰ「舞台芸術を用いた<他者>との対話の場の構築と継続―旧真田山陸軍墓地を巡る二つの創作を通して」
研究統括 岡田蕗子(研究代表者、演劇研究者、京都芸術大学舞台芸術学科専任講師)
研究メンバー 筒井潤(共同研究者、劇作・演出、dracom)山﨑達哉(共同研究者、大阪大学中之島芸術センター)髙安美帆 (共同研究者、エイチエムピー・シアターカンパニー)小田康徳(研究協力者、NPO法人旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会理事長、大阪電気通信大学名誉教授)阪田愛子(研究協力者、制作)

劇場実験 墓地の上演 リンク  

主催 学校法人瓜生山学園 京都芸術大学
〈舞台芸術作品の創造・受容のための領域横断的・実践的研究拠点〉
2023年度テーマ研究Ⅰ「舞台芸術を用いた<他者>との対話の場の構築と継続―旧真田山陸軍墓地を巡る二つの創作を通して」研究代表:岡田蕗子

現在作成中